幕藩体制(ばくはんたいせい)とは、近世日本の社会体制のあり方を、幕府(将軍)と藩(大名)という封建的主従関係を基点にとらえた歴史学上の概念である。戦前段階には狭義に政治体制自体を指していたが、戦後の歴史学の進展に伴い、近世日本の社会体制全体の特色を示す概念として使われるようになった。幕藩制(ばくはんせい)ともいう。
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江戸幕府を全ての武士の頂点とし、最高の統治機関としながらも、各大名がそれぞれの領地においてある程度独立した統治機構(藩)を形成していることと、米などを現物で納めさせて年貢とする石高制をその基礎においていることが特徴である。諸大名を親藩、譜代大名、外様大名に分け、参勤交代や改易によってこれを統制した。また、士農工商などといわれる身分制度によって武士を支配階級に位置づけた(もっとも士農工商という言葉は当時の階級を正確に表してはいないと指摘されている)。
石高制については安土桃山時代に兵農分離が行われ検地によって徐々に形成されていたものだが、幕藩体制を形作る諸制度は初代将軍徳川家康以降、2代徳川秀忠、3代徳川家光の時代に、鎖国体制や知行制、村請制などが確立されていった。武家諸法度や朝廷に対する禁中並公家諸法度、寺社への統制なども行う。
江戸時代には商人資本の成長や農村への商品経済の浸透、それらによる身分制の変質など、村落共同体の動揺は一揆や打ちこわしを招き、幕府や諸藩は幕政改革や藩政改革を行い再編を試みる。
幕末には幕府は鎖国政策を改めて開国し、朝廷権威も伸長して公武合体路線が進められる。大政奉還、王政復古により解体され、明治初期には旧藩による統治は維持されるが、中央集権政策のもと版籍奉還、廃藩置県により幕藩体制は終結する。